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千葉地方裁判所 平成元年(人)1号 決定 1989年2月13日

請求者 甲野太郎

被拘束者 乙山春夫

拘束者 千葉刑務所長 水上好久

主文

本件請求を棄却する。

手続費用は請求者の負担とする。

理由

一  請求の趣旨及び請求の理由

本件請求の趣旨は、「拘束者が被拘束者に対し平成元年一月一八日にした軽屏禁二〇日間、文書図画閲読禁止二〇日間の懲罰の執行を停止する。」というにあり、請求の理由は別紙の人身保護請求書の請求の原因欄、人身保護請求補充書及び同二に記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  疎明によれば、被拘束者は、千葉刑務所に勾留中の平成元年一月九日午後零時頃、大声を発し、そのため即時に同刑務所一一舎一五房の保護房に収容され翌一〇日午前九時頃右保護房収容を解除されたが、取調告知等を経て同月一八日拘束者から、規律違反を理由に軽屏禁二〇日間、文書図画閲読禁止二〇日間の懲罰処分の告知を受け、同日午後三時頃から右懲罰の執行が開始され、翌一九日午後二時頃に一旦右懲罰の執行が停止されたが、同月二七日午前七時頃執行が再開され現に継続中であることが認められる(以下、右の懲罰処分を「本件懲罰」という。)。

2  そこで、本件懲罰について請求者の主張する違法事由を順次検討する。

(一)  被拘束者は、未決拘禁者であるにもかかわらず、受刑区である第三区一一舎に収容されているが、これは、拘置区と受刑区の分界を厳格に峻別すべしとする監獄法の規定に違反するとの点について

監獄法三条二項によれば、監獄法一条に定める各種の監獄につき、必ずしも各個別の舎房をもって区分しなければならないものではなく、同一舎房であっても区分が明確であれば分界の要請に反しないものであり、また、軽屏禁の懲罰は、後記のとおり、屏居すなわち他の在監者との接触を絶ち、一房の中に独居するというものである。そうすると、仮に第三区一一舎の中に懲役監等の受刑区があるとしても、このことからただちに本件懲罰が監獄法に違反する違法なものであるということはできない。従って、請求者の前記主張は失当である。

(二)  拘束者が昭和六二年一一月、本件事例と同様、大声を発したことを理由とする懲罰を行ったが、その際は保護房への収容がなく、また、軽屏禁も一五日間のみであり、両者を比較すると、拘束者の罰則の適用、保護房への収容は恣意的であり、罪刑法定主義を定めた憲法に違反し、特別公務員職権濫用罪にも該当するとの点について

大声を発したことを理由とする点で、本件と同種の事例について請求者主張の懲罰が課せられた例があるとしても、事案を異にする以上、軽屏禁の期間等に差異が生ずる場合のあることは当然であり、このような差異が生じたからといってただちに本件懲罰処分が罪刑法定主義の原則に違反し、また、特別公務員職権濫用罪に該当するものでないことは明らかである。従って、請求者の前記主張も失当である。

(三)  大正一三年の行刑局長通牒によれば、未決拘禁者には軽屏禁を課することが禁止されているから、未決拘禁者である被拘束者に対してした本件懲罰は右通牒に違反する違法なものであるとの点について

請求者の主張する行刑局長通牒(大正一三年二月行甲第一八五号)は、被告人に対し、軽屏禁の懲罰を禁止するものではないから、その禁止を前提とする請求者の主張も失当である。

(四)  被拘束者が収容されている第三区一一舎の建物が老朽化して危険であり、また、密閉され、不衛生、不健康であるとの点について

監獄にいかなる建物、設備をあてるかについては、国家予算との関係に照らしても、設営者の裁量に委ねられるところが大である。そして、請求者のこの点に関する主張を検討しても、本件懲罰が法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合にはあたらない。従って、請求者の前記主張も失当である。

(五)  本件懲罰により、戸外運動及び入浴が制限され、また、ラジオの聴取、日刊誌の閲読、信書の交付・閲読が禁止され、そのために公判準備に困難を強いられているとの点について

軽屏禁は、受刑者を罰室内に昼夜屏居させる処分であり(監獄法六〇条二項)、厳格な隔離によって改悛を促すことを目的とするものである。そして文書図画閲読禁止の併科は、書物を読む自由をも制限し軽屏禁の効果を一層高めようとするものである。従って、請求者の主張する程度の制約は、その処分の性質上止むを得ないところであり、このような制約を加えられたからといって、それが違法となるものではない。

(六)  本件懲戒処分が遅くとも本年二月一四日早朝をもってその執行を終了すべきであるとの主張について

請求者の右主張は、要するに「本件懲罰の執行停止にあたり、停止した当日を懲罰期間に算入しないのは違法である。」というものと解される。

ところで、懲罰期間の計算について、矯正局長通牒(昭和三四・一一・一〇)は「期間は、現に懲罰の執行に着手した日から起算するものとし、起算日は時間を論ぜず全一日として計算する。執行停止後において再執行する場合も同様とする。」(三項1号)、「懲罰の執行を停止した場合、停止した当日及び停止期間中の日数は、これを期間には算入しないものとする。」(三項3号前段)と定めている。

そこで、右の点について検討するに、元来、刑務所長は、在監者に対し、規律維持のため、懲罰権を有し、その種類及び程度は法の定める範囲内でこれを決定する権限を有している。監獄法は、軽屏禁につき二月以内、文書図画閲読禁止につき三月以内との制限を加えるのみであって、執行を停止した場合の期間計算について特段の規定がないから、執行停止の日を懲罰期間に算入するか否かは結局刑務所長の裁量に委ねられていると解すべきである。そして、前記通牒は叙上のとおり執行停止後の再執行において、その当日は時間を論ぜず全一日と定めており、このこととの均衡並びに軽屏禁の懲罰目的が前記のとおりのものであることを併せ考えれば、執行停止の日を懲罰期間に算入しない取扱いが違法であるとすることはできない。

3  結論

以上のとおりで本件請求は理由のないことが明白であるから、人身保護法一一条の規定により審問手続を経ずにこれを棄却すべきものとし、手続費用の負担については同法一七条の規定を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 清野寛甫 裁判官 丸山昌一 澤野芳夫)

<以下省略>

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